LOGIN泣きじゃくる直希の頭を、あおいが愛おしそうに撫でる。
直希の頭に落ちる涙。それはあおいの涙だった。「……俺は……俺は父さん母さんを殺した……」
「……そうなのかもしれませんね」
あおいは直希の言葉を否定しなかった。それは全てを受け止める、そう言ったあおいの直希への敬意だった。
「そして俺は……妹も殺した」
その言葉に、あおいは全身の血が逆流するような感覚を覚えた。しかしそれを表に出さず、直希の髪に指を通しながらうなずいた。
「あの時、母さんのお腹には妹がいたんだ……名前は奏〈かなで〉。生きていたらあおいちゃんより少し年下だった……
俺は、奏の人生を踏みにじってしまった……奏は……奏はこの世界に生まれることも出来なかったんだ……俺が今感じていること、この世界が美しいこと、優しいこと、楽しいこと。その全てを感じることも出来なかったんだ……そして奏の幸せを奪ったのは俺……奏の兄ちゃんなんだ……」「……許しますです」
あおいが涙声でそう言った。
その言葉に直希が大きく首を振った。あおいは直希を強く抱きしめ、耳元で囁いた。「直希さんの罪……それはとても重いです……お父様にお母様、そして奏さん……三人の命をあなたは奪いましたです」
「そうだ……俺はみんなの人生を踏みにじったんだ」
「ですが大丈夫です……今、あなたの罪は全て消えましたです」
「……」
「私が全て受け止め
「来た来た」 正門前にタクシーが止まると、兼太が嬉しそうに声を上げた。 その声に、皆が安堵の笑みを浮かべる。そしてそれぞれの思いを胸に、正門へと歩いて行く。 扉が開き、まず文江が外に出て皆に頭を下げた。山下や小山が「おかえりなさい」と嬉しそうに声をかける。 直希は料金を支払って助手席から出ると、皆に一礼した後でトランクにある荷物を取りに後ろに回った。 だが一向に、栄太郎が車から出て来ない。「栄太郎さん……なんで出て来ないんですかね」 兼太のつぶやきに、明日香が陽気に言葉を返した。「栄太郎さん、柄にもなく照れてるんじゃない?」「嘘……あの栄太郎さんが、照れてる?」 庭先でざわつくスタッフや入居者たちに、直希が苦笑した。「じいちゃん、溜めはそのぐらいでいいよ」 その言葉に誘〈いざな〉われるように、栄太郎が勢いよく姿を現した。「メリー・クリスマース!」 * * *「え」「あ」 栄太郎はサンタクロースの格好をしていた。 その姿に、一瞬固まった入居者たちだったが、やがて肩を揺らして笑い出した。「サンタさんです! つぐみさん、サンタさんが来ましたです!」「……あおいには受けたみたいね、よかったわ」 周囲の反応に微妙な顔をした栄太郎だったが、あおいの言葉に気をよくしたのか、背負っていた袋を下ろすと、中の物を手に取った。「ええっと、これは小山さんだな。メリー・クリスマス!」「あらあら、うふふふっ。この年でサンタさんからプレゼントだなんて、長生きはする物ね」「小山さん、色々迷惑かけたね」「うふふふっ。おかえりなさい、栄太郎さん。お元気になられたみたいでよかったわ。これからもよろしくね」「ああ、ありがとう。そしてこれは&hel
少し落ち着いた頃に、つぐみたちを呼んでほしい、そう菜乃花が言った。 兼太は一瞬戸惑ったが、やがて笑ってうなずくと、彼女たちを呼びに部屋を出て行った。 今すぐにしなければいけないことがある。 これまでずっと、自分の弱さに甘えて逃げて来た。 でももう、そんな自分じゃ嫌だ。 周囲の人たちは皆、私の弱さを知っている。だから何があっても許してくれた。有耶無耶にしてくれた。 そのせいで自分の中にも、知らない内に甘えが生まれていた。 そんな殻を破りたい。そしてそれは今しかない、そう思った。 * * *「……入るわね」 つぐみがそう言って扉を開ける。つぐみに続いてあおいも、そして集配に来ていた明日香も入ってきた。「じゃあ俺、食堂に行ってるから」 そう言った兼太を、菜乃花が呼び止めた。「あ、でも……俺はいない方が」「いいの、ここにいて。いて欲しいの」「……分かった」 そう言って扉を閉めると、促されるままに菜乃花の隣に座った。つぐみたちも、菜乃花を囲むように腰を下ろす。「大丈夫ですか、菜乃花さん」「はい、大丈夫です。その……さっきまではそうでもなかったんですけど、今は落ち着きましたので」「そうですか、それならいいのですが」「兼太くんのおかげです」 そう言うと、兼太は照れくさそうに頭を掻いた。「それで、あの……みなさんにはちゃんと、報告した方がいいと思いまして」「報告って、何かしら」 つぐみの声に、菜乃花が肩をビクリとさせた。「あと……菜乃花。話をするなら、ちゃんとこっちを向きなさい」「つ、つぐみさん、ちょっとそれは」 あおいが慌てて口を挟む。しかしつぐみはそ
12月24日、クリスマスイブ。快晴。 あおい荘のスタッフ、入居者たちが玄関先に集まっていた。 待ちに待った、栄太郎の退院日。 それぞれの思いを胸に、皆が栄太郎の帰還を待っていた。 スタッフの中に、兼太と共に笑っている菜乃花の姿もあった。 あの日から一週間が経っていた。 * * * 兼太に支えられてあおい荘に戻った菜乃花は、そのまま部屋へと戻っていった。 散々泣き疲れたせいか、足元もおぼつかず、歩いて10分ほどのところを30分もかけて戻って来たのだった。 玄関口で兼太が、「……じゃあ、これで」そう言って帰ろうとしたのだが、その兼太の袖をつかみ、「お節介焼くんだったら、最後まで責任持ちなさいよ……」と力なく言われ、そのまま部屋に入っていったのだった。 菜乃花の顔を見た小山は複雑な表情を浮かべたが、後ろで立っている兼太に気付くと、「ちょっと山下さんの所に行ってるわね」そう言って部屋を出たのだった。「……」 菜乃花は部屋の隅に腰を下ろすと、膝に顔を埋めて肩を震わせた。 こういう時、どうするのが正解なんだろう。そんなことを思いながら入口で立っていると、菜乃花が無言で隣に座る様、畳を叩いた。「お邪魔……します」 決まり悪そうにそう言うと、兼太が静かに腰を下ろす。「……兼太くんは」 重い空気を破り、菜乃花が口を開く。「今の私を見て、どう思ってるのかな」「どうって……俺の気持ちはもう、伝えたはずだよ。何も変わってない」「何よそれ……答えになってない」「俺は……菜乃花ちゃんのことが好きだ。これからだって、ずっとそのつもりだ。菜乃花ちゃんは俺にとって大切な人で、その&hel
隣に座った直希は、自販機で買ってきたミルクティーを菜乃花に渡した。「待たせちゃったかな」「いえ、そんなことないです。私が勝手に、早く来ただけですので」「着替えた方がよかったんじゃない? 制服のままだと寒いだろ」「いえ、大丈夫です。ここで海を見て、色んなことを考えたかったので」 そう言って一口飲み、「あったかい……」と笑みを漏らした。「……ここに来てから、本当に色んなことがあったんだなって、そう思ってました。おばあちゃんと初めてあおい荘に来た日、あおい荘の雰囲気に驚いて……直希さんに会って……男の人とあんなに話をしたのは初めてで……でも直希さん、私に目線を合わせてくれて、穏やかに笑ってくれました。私が怖がらない様に気を使ってくれて……それが嬉しかった事、すごく覚えています。 それからの毎日は、ものすごく目まぐるしく動いてました。毎日が新鮮で、キラキラ輝いていて……あおい荘に住むようになってからは特にそうで……まるで自分じゃないみたいで、いつも笑って……本当に楽しかったです。 つぐみさんと友達になって、明日香さんとも仲良くなれて……あおいさんに楽しい毎日をもらって、笑顔をもらって……夢みたいでした。 私は他人が苦手で、いつも怯えてました。男の人は勿論だけど、女の人に対しても、いつも身構えていました。何もされないって分かってるのに、視線が怖くて……笑われているような気がして、本当に怖かったです。 でも、文化祭が終わった頃から、自分でも驚くぐらい肩の力が抜けていました。あれだけ緊張していた教室なのに、まるで自分に『ここにいていいんだよ』って囁かれてるような気がして……クラスメイトとも普通に話せるようになってました。 そう思って考
つぐみと菜乃花の喧嘩を治めた後。二人はあおい、明日香に連れられて部屋へと戻っていった。 一人残された直希は部屋に戻り、布団に寝転び天井を見つめていた。 本当なら、あおいを送り届けた後で、栄太郎の様子を見に行くつもりだった。 しかし、それどころではなくなってしまった。 栄太郎のことも心配だったが、大丈夫だと言ってくれたつぐみの言葉を信じ、今日はあおい荘のことだけを考えよう、そう思った。 そして夜。 様々なことが頭に浮かび、さながら脳内は、これまでの半生を振り返るイベントの様相を見せていた。 そして。 考えれば考えるほど、これまでの言動に嫌気がさしてきた。 * * * 昨夜、あおいに告白された。 卒業式の日、つぐみに告白された。 みぞれとしずくの父親になってほしい、そう明日香に言われた。 そして今日。 菜乃花から二度目の告白を受けた。 これまで、罪人である自分にそんな資格はないと、彼女たちの想いを拒んで来た。しかし昨夜、あおいからその罪を許され、そして罰を受けることになった。 幸せになるという罰を。 もう、今までのような言い訳は出来ない。 彼女たちの想いと向き合い、結論を出さなくてはいけない。 そう思うと、自分でも驚くぐらい混乱するのが分かった。 ある意味、十字架を背負っていた時の方が楽だと思えるぐらい、彼女たちの気持ちが重くのしかかってきた。「なんだよこれ……」 どれだけ自分は、不幸に依存してきたのか。 不幸を望んでいるが故に、バランスを保っていた自分。そんな自分が滑稽に思えた。 そして今。自身の答えが誰かを傷つけることになると思うと、頭が痛くなった。吐き気がしてきた。 誰も不幸にしたくない。みんなに笑顔でいてほしい。 自身を顧みず、人の幸せを望むことがどれだけ楽な生き方だったかを、思い知らされているようだった。
「しっかしまあ……やっちゃったね、なのっち」「……」 その頃、菜乃花の部屋には明日香が来ていた。 小山は遠慮して、山下の部屋を訪れていた。 部屋の隅で、腫れた顔をクッションに埋めている菜乃花を見て、明日香は苦笑した。「あたしのことはいい。だってあたしがダーリンを好きだってことは、周知の事実だから」「……ごめんなさい」「だからいいってば。まあ確かにいきなりだったから、ちょっと驚いちゃったし、照れくさかったけど」「ごめんなさい、本当に……」「だーかーらー、それはいいって言ってるでしょ」「でも、それでも……ごめんなさい明日香さん。私、なんであんなこと言っちゃったんだろう……」「まあ、あん時のなのっち、前も後ろも分からないぐらいテンパってたからね。お姉さんはそんなこと、思春期にはありがちなことだと受け入れてあげるよ」「私……なんでこうなんだろう……前につぐみさんと喧嘩した時だって、思ってもない言葉がどんどん出てきて……つぐみさんを傷つけて……」「でもまあ、今回に比べたら大したことないけどね」「……ですよね」「あの場にいた全員が知ってた。つぐみんがダーリンを好きだってこと。でも、それを口にすることはなかった。だってそれを言っちゃったら、絶対元には戻れない。だからみんな黙ってた。それくらい、今のあおい荘の居心地がよかったんだと思う。壊したくなかったんだと思う」「そう……ですよね」「でもそれを、一番言ってはいけないタイミングで、しかもダーリンを目の前にして言っちゃった。あはははははっ、大したもんだよ」「笑い事じゃ&